地方プロ希望の星、本田朋広「麻雀は生涯現役選手でいられるのが魅力」

 2012年に日本プロ麻雀連盟にプロ入り以降、地元富山県を拠点としてプロ活動を続けて来た本田朋広プロは、悲願の初優勝を狙うTEAM RAIDEN/雷電から堂々ドラフト指名を受けた。Mリーグデビュー戦初トップ時の勝利者インタビューでは、富山弁を披露して一躍脚光を浴びる等、地方プロ雀士にとっても希望の星となっている。北陸の役満プリンスという異名を持つ大型ルーキーのMリーグにかける思いとは?

北陸の役満プリンスというキャッチフレーズの由来は?

「麻雀最強戦に出場できることになった時、団体の先輩である黒木さん(黒木真生プロ)につけてもらいました。グランプリMAX(※)というタイトル戦で役満を2回アガった時の印象が強いからと提案して頂いたんですが、さすがにプリンスは年齢的におかしいですし、恥ずかしいと思ったんですが、キャッチフレーズは恥ずかしいぐらいの方が印象にも残りやすいよと言われ、北陸の役満プリンスとなりました。まだちょっと恥ずかしんですけど(笑)」

※グランプリMAX=日本プロ麻雀連盟内のポイントランキング上位者や現タイトルホルダーといった特別シード者が戦うタイトル戦

異名・役満プリンスの原点となったグランプリMAXにおける白をツモればダブル役満となる四暗刻大三元のテンパイ©️日本プロ麻雀連盟

北陸の役満プリンスでもアガっていない役満はありますか?

「けっこうありますよ(笑)。アガったことのない役満は地和、天和、四槓子です。配牌時では毎回何の役満が狙えるのかをまず考えるのでしょうか?なんて聞かれたこともありますが、そんなことはありません。まずは簡単な打点を逃さないという現実から入ります」

 

小中高では何か部活をやっていましたか?

「父さんが好きだったこともあり、小学校1年の時から高校を中退した17歳まで、ずっとバスケットボールをやってました。二人の兄貴もバスケをやっていたので、よく練習についていって一緒にやってましたね。バスケ漫画『SLAM DUNK』(スラムダンク)も全巻読みました」

「バスケットボールもいつかはプロリーグが出来るなんて言われていましたけど、現在はBリーグがあるところは、麻雀でいうところのMリーグと似てますね」

なぜ高校を中退されたのですか?

「恥ずかしい話なんですけど、今思えばバカだったんですよね。ただの悪ガキで、授業には全然行かないけど、放課後のバスケ部の時間だけは真面目にやっていたんです。それで3年に進級するためには、一旦バスケからも離れようと先生から言われてしまったことで、バスケが出来ないなら学校行かなくてもいいやとなってしまったんです」

「高校を辞めてから、しばらく都内に住んでいた時期もあったんですけど、大学に進学した高校時代の友達に会っているうちに、僕も大学に行きたいと思うようになり、地元に戻って予備校に通い、大検を受けて地元の大学に進学しました」

麻雀を始めたのはいつ頃でしたか?

「漫画『哲也~雀聖と呼ばれた男~ 』が流行っていた中学3年の時に覚えて、友達の家でよくやってました。大学生の時に久しぶりに再開したら予想以上にのめり込み、卒業したら自分で麻雀店を立ち上げようと思ったんです。それで卒業前、就職希望候補先に、県内で流行っていた麻雀店の名前を3つ書いて大学に提出しました。すぐに教授から呼び出され、就職先を紹介するから考え直してくれと言われたんですが、将来自分で麻雀店を経営するために修業すると決めているんでと伝え、卒業後は第一希望だった麻雀店で働き始めました。そして25歳の時、念願の麻雀店を立ち上げることが出来ました」

プロ入りされたきっかけは何だったのでしょうか?

「オープンしてから2~3年経った28歳の頃、お店も少し安定して来たので、東京にも出店したいなと考え始めるようになって、都内で流行っている雀荘に見学がてら打ちに行くようになったんです。そんな中で、地元のお店に来てくれていた若い人たちがプロ入りしたなんて話を聞くようになり、プロになれば東京で行われているリーグ戦に参戦しながら都内の雀荘を見学することも出来るなと考えて、プロ入りしました」

EX風林火山ニューメンバーオーディションで惜敗後はどんな気持ちでしたか?

「決勝6回戦中3回戦が終わった時点でたまたまトップだったので、優勝を大分意識してはいたんですけど、最終的には2位という結果でドラフト指名権は逃しました。ただその後、雷電さんから指名を頂けたからこそ、やっぱりあいつは2位だったとは思われたくないので、Mリーグでは結果を出して、そういった声を跳ね返したいなとは思っています」

対局時は喜怒哀楽を見せることはない。「対局中、メンタルが揺れることは当然あるんですけど、それによって打牌内容が変わることはないので、表情も変えません」

 

TEAM RAIDEN/雷電における自身の役割をどう考えていますか?

「ドラフト指名の理由に関しては、高柳寛哉監督からはグランプリMAX等の対局において、きつい牌でもぱっと切れる強気な姿勢にグッと来るものがあったからだと言って頂きました。攻める姿勢を期待されているのかなと感じたので、ポイントゲッター的な存在になりたいです」

 

「ただ実際に戦ってみて、予想以上にチーム戦って難しいなと感じていることも事実です。点数的にも有利な立場にあり、緩めず攻め続ければトップの可能性は高まるけど、同時に3着以下になるリスクを背負うといった場合。リスクを避けて、最低でも2着以上はキープしようと、攻めない選択をしてしまったケースがあったんです。チーム戦なんでどうしてもポイントを持って帰りたいという気持ちが出てしまう時もあるんですが、こういった気持ちの葛藤もチーム戦ならではの面白さなのかなと受け止めています」

 

チームメンバーからはアドバイス等はありましたか?

萩原聖人さん、瀬戸熊直樹さん、黒沢咲さんの3人からは、基本的にはあまり深く考えず、自由にしていいよと言ってもらっています。気を使わないよう送り出してくれているんだとは思いますが、僕は不器用なんで、細かくアドバイスを頂いた方がありがたいんですけど(笑)」

チームの先輩である萩原聖人プロがデザインプロデュースを手がけたTEAM RAIDEN/雷電の試合用シューズ。本田プロのサイズは28㎝

プロ入りしてから影響を受けた方はいらっしゃいますか?

「プロテストの担当講師を務めてくれた元鳳凰位の望月雅継プロです。試験の時は中途半端な気持ちならプロをやめたほうがいいと、どうしてここまで追い詰めるのかなと思ったぐらいすごく厳しく、すごく熱い人です。でもそれは相手のためを思っているからこそで、プロとしてのあり方も含めていろんなことを教わりました。静岡を拠点として麻雀店を経営しながらプロ活動をしている先輩なので、自分と境遇も似ているんですよね」

本田プロにとって麻雀の魅力とは?

「バスケでも野球でもなんでもそうですけど、選手って絶対楽しいと思うんです。僕は単純なんで、麻雀を打つこと自体が楽しい。プロスポーツの場合は現役引退という現実がありますが、麻雀は生涯現役選手でいられるというのも魅力のひとつなんですよね」

「当たり前かもしれませんが、Mリーグを初めて見る方には、対局を通して最後まで諦めない姿勢は伝えたいですね」

 

本田朋広(ほんだともひろ)プロフィール

生年月日:1983年10月3日
出身地:富山県
血液型:A型
所属プロ団体:日本プロ麻雀連盟
プロ入り:2012年
キャッチフレーズ:北陸の役満プリンス
趣味:格闘技や筋トレ関連のYouTube鑑賞。ジム通い
勝負めし:すき焼き、しゃぶしゃぶ

本田朋広 年表
年齢 主な出来事
1983 1歳 富山県で三人兄弟の末っ子として生まれる
1989 6歳 バスケットボールを始める
2000 17歳 高校中退後、大学進学を目指す
2002 19歳 大検で金沢星稜大学に入学
2006 23歳 金沢星稜大学卒業
2008 25歳 麻雀店「サークルSB」を富山県内にオープン
2012 29歳 日本プロ麻雀連盟28期生としてプロ入り
2019 36歳 第10期 麻雀グランプリMAX 優勝
20期北陸プロアマリーグ 優勝
2020 37歳 第11期 麻雀グランプリMAX 優勝
麻雀最強戦2020タイトルホルダー頂上決戦 優勝
第3期 北陸プロリーグ 優勝
2021 38歳 EX風林火山ニューメンバーオーディション2位
TEAM RAIDEN/雷電からドラフト指名を受ける

◎写真:佐田静香(麻雀ウォッチ) 、インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)