渋川難波「盛り上げるのはもちろん、盛り下げないことも大事」Mリーガー列伝番外編

 Mリーグ2020のレギュラー解説者である渋川難波プロ(日本プロ麻雀協会)は「観ていてつまらない思われる対局は解説者の責任」と肝に銘じている。対局者へのリスペクトを抱き、打牌を的確に予測。その意図を明確に伝え、視聴者に好評を博している渋川プロに、対局解説で心がけていることを聞いた。

ネット麻雀で培った場況解析能力が対局解説の原点

 渋川プロは地元広島県にある広島市立大学情報科学部で学んでいた20歳の頃から、オンライン対戦ゲーム天鳳を打ちながら実況解説をインターネットで生配信していた。「当時何人かやっている人がいて、おもしろそうだったので、私も天鳳を打ちながら実況解説を生配信したり、牌譜を振り返りながら話をしたりしていました。やっていると視聴者からコメントが来るようになり、単にひとりで打つよりコミュニティが出来て楽しかったんですよね」と約5年間続けていた天鳳生配信が、現在の対局解説につながる原点になっているという。

 25歳の時にプロ入りした翌2012年、日本プロ麻雀協会の頂点を決める「雀王決定戦」が初めてインターネットで配信されることになった。「雀王決定戦になぜか呼ばれて解説させてもらったのが初めて対局解説でした。天鳳生配信をしていたので、先輩達からちょっとやらせてみるかという話になったと後で聞きました」とプロ入り1年目に、対局解説という重要な役割を任された。

 以降、ネット麻雀で培った場況解析能力を武器とし、対局解説も徐々に増えていった。プロ入り2年目に自団体のタイトル「第11期雀竜位」を獲得してからは、麻雀戦術本を3冊出版し、近代麻雀ではコラム連載や麻雀漫画「鉄鳴きの麒麟児」の闘牌指導を担当する等、プロとしての活躍の場を広げていった。

 そしてMリーグでは、2019レギュラーシーズン終盤の解説を初めて任されると、Mリーグ2020ではレギュラー解説者となった。

Mリーグの実況解説は、対局会場とは別フロアにある実況解説席でモニターを見ながら行われている。モニターには4選手の手牌と表情に加え、入場シーン、卓上カメラで映し出された河の状況が映し出される

Mリーグにより、対局解説への意識が変化

 対局解説に対する考え方が変わってきたのは、2018年にMリーグがスタートしたことが大きかったという。「対局解説を始めた当初は、自分がしゃべりたいことや、対局者の思考を漏らさないよう詳細にしゃべっていました。対局者が後で観た時、ちゃんと思考を伝えてくれているなと思ってもらえるような解説がメインで、コアな麻雀ファン向けに解説していた感じです。どちらかと言えば、視聴者のためというより、対局者が見返した時に盛り上がれるような解説という意識が高かったんです。でもMリーグが始まってからは、様々な麻雀対局番組を観る人も増え、解説聞いてますみたいな感じで声をかけてもらうような機会が増えてきたので、観てくれている人を明確に意識するようになりました」

 具体的に何が変わったのかと言えば「ここは盛り上がるなと感じたら、自分の心に素直に盛り上げるように意識しています。自分自身が打っている時は盛り上がりポイントを考えながら打つことはないので」とエンターテインメント性も考慮するようになった。

 「たとえば高い手になりそうな配牌だったり、高打点のアガリが出そうになった時。もうすぐこの發が鳴けそうですね。鳴けたらすごいことになりますよといったような場の状況を事前に察知し、徐々に盛り上げ、仮にその手牌が鳴かずにリーチまでいったら、その盛り上がりは最高潮になるみたいなイメージです。ルールによって高打点の基準は変動しますが、Mリーグの場合は満貫以上を目安としています。また高打点に関連するものだけではなく、負けている親がアガれば盛り上がるだろうし、親に高い手が入っている時に子が1000点でアガれば、それも盛り上がりポイントなので、対局状況も同時に意識しています」

 こうした解説能力はMリーグをはじめ様々な対局番組を視聴者として観ていて、ここは盛り上げたいなといったことを日々考えていることで磨かれて来たという。

「解説中はトイレに行きたくなっても席を外すことは出来ないので、食事は早めに摂り、水分コントロールを万全にして臨んでいます」©ABEMA

選手と視聴者を結ぶサポート役に徹することも解説の役割

 Mリーグ2020レギュラー解説者は、渋川難波プロと土田浩翔プロ(最高位戦日本プロ麻雀協会)のふたりがいる。「土田さんはトークが面白い解説者であり、時には選手にもきちんと指摘するし、雑談でも盛り上げているので、土田さんとかぶらないよう、私の場合は雑談よりは常に場の状況を語っていくことに力を入れています」

 公式実況は声優の小林未沙さん、松嶋桃プロ(日本プロ麻雀協会)、日吉辰哉プロ(日本プロ麻雀連盟)の3人が担当している。「Mリーガーのパーソナルな部分は実況の方にお任せしちゃっているので、私はどちらかと言えばMリーガー30人の麻雀スタイルを研究し、その打ち方に合わせて解説している感じです」と実況と解説の役割分担を明確にして臨んでいる。とはいえ対局中に小休止が入って間が空いた時などは、渋川プロにしか知り得ない各選手の人となりが伝わるエピソードでつなぐ等、臨機応変に対応している。

 選手と視聴者を結ぶサポート役に徹することも解説の役割だと考え「盛り上げることはもちろん、盛り下げないこと」も強く意識しているという。「一番盛り下がるのは、この人は放銃しないだろうと思われるような場面で放銃し、えっ? 打っちゃった、どうしたの?みたいになった時の空気感です。そうならないよう意識しているつもりでも、想定外のことが起こることはいくらでもあります。ただ想定できなかったこと、ましてそういう空気感になるのも解説者の責任です。どんなケースにおいても、先回りしてこういう理由で放銃してしまうかもしれませんねと言っておけば、これはしょうがないですねとなり、打たずに止めたらよく打ちませんでしたねとなるので、対局中はどっちにいってもフォロー出来るように油断せずに観ています」とこれまでに打牌パターンを予測できなかったことを後悔した対局もあったそうだ。

試合終了直後の選手に、対局解説者がインタビューを行うABEMAプレミアム会員向けの「Mリーグ対局の裏側インタビュー」©ABEMA

将棋番組の解説をMリーグに活かす

 コンピュータ将棋ソフトとプロ棋士が対決した「将棋電王戦」をきっかけに将棋に興味を持つようになってから、対局解説の参考として、将棋番組をよく観ている。「将棋はほとんどわからないんですけど、将棋番組を観るのは好きです。なぜなら解説者が面白くしゃべってくれていたり、どっちが勝ちそうみたいなグラフデータも出ているので、わからなくても楽しめるからです。とくに木村一基九段の解説はおもしろく、本気で言っているのかギャグで言っているのかわからないぐらいユーモアがすごい。こういう感じもありなんだなと、木村九段の解説は参考にしています。硬いだけだと見ていても面白くないので」と自身も論理的な解説だけではなく、時に即興でユーモアを交えている。

麻雀プロになるべくしてなった家庭環境

 渋川プロは両親と妹と4人家族で小学生の頃から家族麻雀をやっていた。「父親とふたりでやったり、ひとり麻雀もかなりやっていたので、形に強くなれたかなとは思います。父親は漫画家の片山まさゆき先生の大ファンでして、実家には映画化された麻雀漫画『打姫オバカミーコ』等、片山先生の麻雀漫画以外のコアな作品も含めほぼ全巻ありました」と父親が制作した全209ページにもおよぶ片山先生のファンブックを、渋川プロが片山先生本人に手渡したこともあった。

 プロ入り当初、父親からは麻雀プロになったことを反対されていたが、今では応援してくれているそうだ。

「“もっと”この熱狂を外へ」広げていくために

 五輪室内競技の正式種目化を目指しているMリーグでは、麻雀人口の裾野を広げていくために「“もっと”この熱狂を外へ」をスローガンに掲げている。「私は中学校から大学まで卓球をやっていました。卓球も2018年からTリーグというプロリーグがスタートしているんですが、正直どこで結果を知ることができるのか等、まだまだわかりずらい部分を感じています。もしかしたらMリーグも、外から麻雀を知らない人から見たらわかりにくいのかなとも思うので、そこは伝わりやすくしていくのも大事かなとは思っています」

「だからこそ麻雀に興味を持ってくれた人がいつ見てくれても、なんか面白そうだなと思ってもらえるように解説を頑張るのが、私が熱狂を外へに貢献できることなのかなとは思っています。よく知らない人から見ると麻雀はまだ怖いイメージがあると思うので、そのイメージも払拭したいですね」

Mリーグファイナルステージの見所

 レギュラーシーズン、セミファイナル、ファイナルでは、それぞれ解説の視点も変わってくるそうだ。「レギュラーシーズンは下位2チームに入らなければいいので、自身のポイントを増やすことだけを考える選手が多いんですが、ファイナルステージに関しては4チームの直接対決となるので、プロならではの駆け引きが見所です。優勝するためにはライバルチームを蹴落とすことが大事になってくるため、ときには他のチームと共闘することもあります。そういう部分は打牌意図も含め、解説の技量が試されるところでもあるので楽しみにして見てほしいですね」

 最後に将来Mリーガーになったらどんな選手になりたいか聞いてみた。「僕が出ていたら安心だと思われるような選手になりたいですね」と柔和な表情にやわらかい口調で語ってくれた。

ニックネームは“魔神”。「近代麻雀でコラムをやらせてもらった時、福地誠先生が命名してくれました。当時髪型がツンツンしていたからかもしれませんが、詳細はわかっていません(笑)」

 

渋川難波(しぶかわ・なんば)プロフィール

生年月日:1986年5月19日
出身地:広島県
血液型:A型
所属団体:日本プロ麻雀協会
愛称:魔神
著書:『麻雀 魔神の読み』(マイナビ出版)、『麻雀 魔神の攻め』(マイナビ出版)、『麻雀 魔神の実戦』(マイナビ出版)。闘牌監修漫画作品は『鉄鳴きの麒麟児』(竹書房)、『赤鬼哭いた』(竹書房)、『牌人ゲーム』(竹書房)、『キリンジゲート』(竹書房)
主な獲得タイトル:第11期雀竜位、第15回日本オープン
渋川難波Twitter:https://twitter.com/sibukawarou
渋川難波note:https://note.com/sibukawa5

渋川難波 年表
主な出来事
1986 1歳 広島県で生まれる
1996 10歳 小学生の頃から家族麻雀に親しむ
1999 13歳 中学校から大学まで卓球部に所属
2004 19歳

広島市立大学情報科学部コンピューターコース入学

2005 20歳 天鳳生配信を始める
2011 25歳

日本プロ麻雀協会へ10期生として入会後、天鳳十段となる

2012 26歳 第11期雀王決定戦で対局解説を初めて担当する
2013 27歳 第11期雀竜位
2015 29歳 第13回野口恭一郎賞男性棋士部門受賞
2017 31歳 第15回日本オープン優勝
2020 34歳 Mリーグ2020レギュラー解説者となる

 

◎写真:河下太郎(麻雀ウォッチ)/インタビュー構成:福山純生(雀聖アワー)